裕子の小説置場☆

千葉の浦安に住むという巨大ネズミを探しに、旅に出た私……

第162話

3月31

「だいぶうまなってきたで! ほな、飴ちゃんここ置いとくから、おなか空いたらたべな」
中年女性は、私の足元近くにキャンディーの袋を置くと、満足した様子で人ごみへと消えて行った。
私は本場の掛け声を身に付けつつあった。

第161話

3月31

私は中年女性のアドバイスに従い、アクセントを意識して掛け声をつづけた。
セイヤッ セイヤッ あいつらのせいやっ
明らかな進歩に周囲から感嘆の声が上がった。

第160話

3月31

私は声を張り上げ、パンチを繰り出しつづけた。
次第に、周囲に人だかりが出来はじめる。
と、パンチパーマにショッキングピンクのトレーナー、豹柄のスパッツをはいた小太りの中年女性が、私の前に一歩出て言った。
「ちょっとちゃうな、 ‘あいつら’ のとこ、 ‘つ’ にアクセント置かんと!」

第159話

3月31

セイヤッ セイヤッ あいつらのせいやっ
セイヤッ セイヤッ あいつらのせいやっ
――ノッてきた。

第158話

3月31

私はひたすらパンチを繰り出す。
セイヤッ セイヤッ
こんな時間になったんも、あのカップルのせいや! 私のせいやない!

第157話

3月31

通行人はみな足早に、私を避けるようにして通り過ぎていく。
セイヤッ セイヤッ
せめて、あのカップルにこのパンチをお見舞いしてやりたかった。

第156話

3月31

もしかして、私はアクションゲームには、向いてないのかもしれない。
私は右足を後ろに引いて左足を軽く曲げ、掛け声とともに、なんどもパンチを繰り出した。
セイヤッ セイヤッ

第155話

3月30

私の旅、か……
家を出てからこれまでのことを、ぼんやり思い返してみた。
3時間もスパルタンXをプレイし続けたにもかかわらず、結局1階をクリアできなかったこと。

第154話

3月30

「いいわよ。 私も朝からずっと走りっぱなしで疲れちゃったから、今日はもうお仕事おわりにするわ」
タクシーは駅前のマクドナルドの前に私を降ろし、車を停めにどこかへと走り去った。

第153話

3月30

「ありがとう」
気がつくと、すでに高円寺駅前まで来ていた。
「その前にマックでコーヒー飲まない? さっき、おかあさんからもらったコーヒー無料チケットもあるし」
私はもう少しだけ、母役を買って出てくれた運転手と一緒に居たかった。

第152話

3月30

「わかったわ」
私は素直に運転手の言葉を受け入れた。
「今日はもう遅いわ。 ゆっくり休んで、また明日行ってみたらどう?
 よかったら、このまま自宅まで送ってあげるから」
運転手が提案した。

第151話

3月30

「なにか知ってるの?」
こんどは私が質問する側にまわった。
「どうかしら……? でもね、裕子、これはあなたの旅。 あなた自身で答えを見つけるべきよ」
バックミラー越しに、返事をする運転手と目が遭った。

第150話

3月30

「もうこんな時刻だったんだね。 浦安まで巨大ネズミを捜しに行くつもりだったんだけど……」
私は答えた。
「巨大なネズミ? それって、えっと、もしかして……」
運転手はなにか言おうとして止めた。

第149話

3月29

私は運転席のデジタル時計に目をやった。
すでに11時をまわっていた。
ムーンウォークは、思っていたほどにはスピードが出ないことを再認識した。

第148話

3月29

「高円寺駅ね。 だったらすぐよ。 これから電車に乗って帰るの?」
運転手が尋ねた。
「ううん、家は高円寺駅からけっこう歩いたところ。 これから浦安に行くの」
と私。
「あら、こんな時間に? おともだちのところにでも行くの?」
運転手はさらに尋ねた。

第147話

3月29

南部せんべいを食べ終えると、こんどは喉が渇いてきた。
「やっと見覚えのある道に出たわ」
運転手が言った。
「じゃあ、高円寺駅までおねがいできる?」
私は行き先を告げた。

第146話

3月29

一口大になったピーナッツ入りとゴマ入りの南部せんべいそれぞれのかけらを、いっしょにつまんで口に放り込む。
甘味のあるピーナッツ入り南部せんべい、ほのかな塩味のゴマ入り南部せんべい。
口の中で溶け合い、絶妙な味わいとなる。

第145話

3月29

運転手はなにも気付かない様子で、運転に集中していた。
私は右腋の下から、さらに細かくなった南部せんべいのかけらを取りだし、手のひらに載せた。

第144話

3月29

私は心の中で叫んだ。
サザァーーン クラッ カァーー!
右腋の下でピシリという鈍い音がした。
運転手に聞こえなかったかしら……

第143話

3月29

ちがう!
やっぱり自分で割らなきゃ!
私は運転手に気兼ねしながらも悟られないよう、南部せんべいのかけらを二枚、そっと右腋の下に挟んだ。

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