第470話

「あたし、ふりかけキライなんだけど!」
突然、ピーナッ子が怒声を上げた。
しまった!――そうだった――
昨日の今日だもの、ふりかけの話を持ち出すのは、まずかったわ――

第469話

「ほかほかごはんに、醤油漬けのニンニク……はぁ……唾が湧いてきちゃうわ」
と、ピーナッ子は続けた。
「そう! ふりかけなんかかけたら、もう最高よね!」
すかさず、私も裏声で答える。

第468話

「そうそう、今考えてみれば、むりやりだったかもしれないけど、家族のことを思ってだったのね……」
穏やかな口調で、ピーナッ子が答えた。
いいぞ、この調子だわ。

第467話

だが、ここでヘタにピーナッ子の機嫌を損ねるより、うまくあしらって、隙を見て電車を降りたほうがいい。
私はふたたび裏声で答えた。
「そうよ! おかあさんは、いつだって私たち家族の健康を、第一に考えてくれたわ!」

第466話

「ねえ! あんたのおかあさんも、そうだったんでしょ?」
ピーナッ子が私に声を掛けてきた。
知らないわよ、そんなの! 口から出まかせだし!

第465話

「あたしの母親だって、精がつくからって言って、毎日家族に、自家製の醤油漬けニンニクを、むりやり食べさせてたわよ!」
ピーナッ子の声が大きくなった。
あら、そうなの――

第464話

「ちょっと、あんた、ニンニク醤油の匂いのどこが悪いって言うのよ。 失礼でしょ?」
ピーナッ子が小声でイカゲソをたしなめた。
あら、ピーナッ子って、意外と大人じゃん。

第463話

と、イカゲソが、私にも聞こえる声で言った。
「おい、聞いたか? ニンニク醤油の匂いのする母親だってよ、たまんねーな!」
なによ! うちのおかあさん、ほんとにそんな匂いするわけないじゃない! 失礼ね!

第462話

私はさらに続けた。
「わぁ! おかあさんだぁ! えーっと、ニ、ニンニク醤油のにおいだね!」
どうやら、以前リュックサックを使った際、中でお弁当の汁がこぼれたのに気付かないまま、放っておいたらしい。

第461話

とっさに私は裏声を使い、甲高く叫んだ。
「お、おかあさん! おかあさんの匂いがするよ! このリュックサック!」
ピーナッ子とイカゲソの気配をうかがう。
無言だ――

第460話

「じゃあ、聞いて……どうしてリュックを……押し付けてるかって」
イカゲソがピーナッ子に小声で返した。
ど、どうしよう――なにか先手を打たなくちゃ!

第459話

「……向かいの……あやしくない?」
よく聞き取れないが、まずい、私のことを話しているらしい。
なんとかして、この不自然な姿勢を、正当化しなくちゃ!

第458話

「どうするよ? 次の電車も待ってみるか?」
とイカゲソ。
「そうねぇ……あんまり時間をかけてると……」
と、ピーナッ子が、なにかに気づいたのか、声を潜めた。

第457話

どすん――
リュックサックで顔を隠した私の真向かいで、勢いよくシートに座る音がした。
え? また?――はぁ――なんでこうなるかなぁ――

第456話

「いないわ、この電車じゃないのかしら?」
「こんだけ空いてりゃ、見落とすはずねぇもんなぁ」
イライラした口調でそう言いながら、ピーナッ子とイカゲソが、私の乗る車両に入ってきた。

第455話

と、すぐにまた右方向から、ドタドタという行儀の悪い足音が聞こえてきた。
ああ、うんざり――あいつらだ――
下ろしかけたリュックサックを、また顔に押し付けた。

第454話

けど、このままの姿勢でいるのも、不自然だわ。
あいつらがまた、この車両に戻って来るかもしれないし。
次の駅に着き次第、電車を降りよう――

第453話

ほんと、どこに目を付けてるのかしら、ピーナッ子。
イカゲソは、ピーナッ子の後を追うしか、能がないみたいだし。
まあ、おかげで命拾いできたけど――

第452話

「あいつ、ぜったい、また電車に乗って来てるはずよ!」
とっさに、私はリュックサックで顔を隠した。
私の前を足音が、左から右に走り去って行った。

第451話

他の車両に乗って、こちらに移動してくるかもしれないし――
と、やはり不安は的中した。
左のほうから、車両内を駆ける足音と、女性のわめき声が聞こえてきた。