第981話

彼女は頬を紅潮させ、口早に言った。
「あ、もちろんこれは私の勝手な想像です。 もしかしたら全然そんな理由じゃないかもしれないし……」

第980話

たとえ私が、あのコンビニ袋をかぶった本人でなかったとしても、そんな馬鹿げた推測するもんですか!
「はぁ?」
ついに私の口は、言葉らしきものを発した。

第979話

足元の犬は、私から殺気が消えたのに安心したのか、やたらと膝に顔をこすりつけてくる。
飼い主に見つからないよう、軽く膝を曲げ、犬の顔を小突く。
自己表現ですって? とんだ勘違いだわ!

第978話

「あーうーあーうー」
私の下あごは、無意味に開閉を繰り返す。
と同時に、じわじわと怒りがこみ上げてきた。

第977話

あまりの馬鹿馬鹿しい想像に、体中の力が抜けていく。
空を見上げていた顔を下ろし、うつろな目で彼女を見た。
とりあえず、なにか言おうと口を開けたものの、まるで言葉が思い浮かばない。

第976話

「私が思うに、その人、自分なりの自己表現方法を模索していたのではないでしょうか」
彼女の言葉を聞き終えると同時に、握り締めた私の拳は緩んだ。

第975話

「わかりました、でも、ぜったい笑わないでくださいね?」
飼い主が口を開いた。
もちろんよ、だって笑えない内容かもしれないから、ね――

第974話

犬はどんなに吼えても、人の言葉はしゃべれない。
まず飼い主を始末する。
次にもし、犬を取り逃がしたとしても――

第973話

「くぅ~ん」
足元で、柴犬顔のシェトランドシープドッグが、怯えた声で鳴いた。
殺気を押さえ込んだつもりだったが、やはり動物は敏感だ。

第972話

私は静かにつぶやいた。
「大丈夫です、ここにいるのはあなたと私の二人きり、思ってることをそのまま言ってみてください」

第971話

「あ、でも、こんなこと言ったら……」
いいから早く言いなさいよ!
握り締めた拳の中で爪が肉に食い込む。

第970話

私は空を見上げたまま、彼女に悟られぬよう、そっと拳を握り締めた。
口の中が乾く。
「もしか……したら?」

第969話

――もしかしたら?
やはり彼女に正体を悟られたのか?
となると、私も覚悟を決めなければなるまい。

第968話

「それで、ふと思ったんです……もしかしたら、その人って……」
彼女は話をつづける。
私は眉間にしわを寄せ、険しい顔つきで空を仰いだ。

第967話

「え、ええ……もちろん、私だって、そうは思うんです……。 でも、たとえば正体を隠したいのであれば、帽子を深くかぶったり、サングラスをかけるとかしたほうが、よっぽど目立たないでしょうし、そこでなぜコンビニ袋なのかっていう……。 それとも、また別の理由があったんでしょうか……」
んな!――うーん、たしかに、この人の言うとおりだ。

第966話

私は感情を押し殺し、顔色を変えずに言った。
「いや、あのですね、その人だって、きっとコンビニ袋をかぶらなければならない、正当な理由があったんじゃないですか? でなきゃ、わざわざそんな恰好で町中を歩いたりしませんもの」

第965話

はっ!? なんだ、私の正体がばれたわけじゃなかったのね、あぶない、あぶない。
けど、なによ、どうかしてるって!
それはちょっと言い過ぎじゃない?

第964話

彼女はうつむき、ふたたび顔を上げると、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「ですよね?――私もあんなコンビニ袋をかぶって町を歩いてみたい、だなんて――どうかしてますよね、私」

第963話

「え?――で、ですよね――」
「はい、あなたと私はまったくの初対面。 なのに、私に向かってそんな大胆な発言を――」
私は厳しい表情で答えた。

第962話

彼女はつづけた。
「こんなこと言ったら、おかしいと思われるかもしれま――」
「ええ、奥さん。 それは口に出すまでもなく、おかしな考えだと思います」
私は彼女の言葉をさえぎった。