第1060話

「私、明日は朝早くから、出掛けないといけないの。 だから、いっしょに看板の捜査をしたかったんだけど、裕子ちゃんとナガァィモちゃんふたりでがんばってね」
大家さんは、なぜか「ガ」にアクセントをおいて、訛った調子で長芋の名を呼んだ。

第1059話

「え? ナガィモっていうの? また異国情緒あふれる名前ねぇ」
「ええ、ほんとに。 何語かしら」
私は説明するのもめんどうなので、大家さんが勘違いしているままに任せた。

第1058話

どこから連れて来たかは、旅行中の友人から預かってると、てきとうにごまかした。
「名前は?」
「長芋です」

第1057話

アパートの玄関を入り、長芋を鉄柱にくくりつけると、二階の大家さん宅を訪ねた。
大家さんに事情を話すと、それは名案だと、あっさり長芋を部屋に入れることを許可してくれた。

第1056話

けど、うちのアパートに犬を入れてもいいのかしら?
ちゃんと大家さんに断ったほうがいいわよね。
大家さんも、看板の行方を知りたがっているし、きっと許してくれるわ。

第1055話

ところで、ほんとにこの子は、長芋を食べるのかしら?
よし、明日、八百屋で長芋を買ってみよう。
しばらくして自宅に着いた。

第1054話

「ワン!」「ワン!」
ためしに私もワンと吠えてみたが、犬がうっかり、長芋! と叫ぶことはなかった。
いや、叫んだらこわいんだけど。

第1053話

「長芋!」「ワン!」
「長芋!」「ワン!」
私が声を掛けるたび、犬は振り返って吠えた。

第1052話

「長芋! よろしくね!」
「ワン!」
前を歩く犬に向かって声を掛けると、長芋をもらえるとでも思ったのか、振り向いて嬉しそうに吠えた。

第1051話

あ、そうだ、この子の名前を聞くのを忘れた。
引き返すのも面倒だわ。
名前は長芋でいいや。

第1050話

これからこの子には、たくさん働いてもらうわ。
あの看板を持ち去った犯人をみごと見つけることができたら、そのときは好きなだけ長芋を食べさせてあげるから!

第1049話

犬はまるで、早く行こう、と催促でもするかのように、私の膝を鼻先でつついた。
「じゃあ、この子は借りていくから」
私は彼女にそう告げると、犬のリードを引いて自宅を目指した。

第1048話

「そんなこと、どうだっていいわ。 あなたはこのまま家に帰るか、それとも私と一緒に来てくれるか」
私はイライラしてきた。
どうしてこう、もったいつけた言い方をするんだろう。

第1047話

私はしゃがんで犬に首輪を巻いた。
頭上で彼女のつぶやく声が聞こえた。
「ほんとうは、私が長芋を食べたかったのかもしれない……」