第1171話

空からバケツをひっくり返したような水が降ってきた。
「うるさい! どこの野良犬だ!」
大家さんの声が響いた。

第1169話

男の子の声とドッグの鳴き声は、次第に遠ざかっていった。
私はもう一度だけ、ドッグに別れを言いたくて、四つん這いになり遠吠えをした。

第1168話

「よーし、お前の大好物の、山かけドッグフード作ってやるぞ」
ワンッ ワンッ
そうか、ふつうにすりおろしてあげればよかったのか。

第1167話

ワンッ ワンッ
ドッグが答えるように吠えた。
私に買ってもらった、とでも言ってくれているのだろうか。

第1166話

少しの間――
男の子の驚く声が聞こえた。
「あれ? これ、長芋だ! どうしたの!? 自分でお買い物に行ってきたの?」

第1165話

「あれ? ドッグ、首になにを巻いてるの?」
男の子はコンビニ袋に気付いたらしい。

第1164話

ボフッ ボフッ
男の子の問いかけに答えるように、ドッグのくぐもった鳴き声が聞こえた。
きっと、男の子の胸に顔をうずめているのだろう。

第1163話

ドッグは駆け出し、視界から消えた。
ほどなくして、男の子の弾んだ声が聞こえてきた。
「ドッグ! ドッグだ! どこ行ってたんだよ!」

第1162話

思わず声を上げた私の顔を、ドッグはとまどった表情で、じっと見つめている。
「いいから、行けー!」
私はこぶしを振り上げ叫んだ。

第1161話

だって――

「だって私は、あの子みたいに、あなたの求める長芋の調理法を、知らないんだからー!」

第1160話

ドッグは道路に飛び出すと、右へと折れながら、こちらを振り向いた。

ダメよ! 振り向いちゃダメ!
だって――

第1159話

ドッグはアパートの出入り口めがけて走り出した。

お行きなさい。
あなたの帰るべき場所へ――

第1157話

床に転がっていた、長芋の入ったコンビニ袋を拾い上げる。
袋の持ち手を、すばやくドッグの首にくくりつけた。

第1156話

「行こう、ドッグ!」
私は二本脚で立ち上がり、ドッグの首輪をつかんで台所に向った。

第1155話

「あっちだ!」
どうやら男の子も、私たちの居場所を突き止めつつあるようだ。
潮時ね――

第1153話

つまり、母親が長芋と散歩に出たものの、独りで帰ってきちゃったものだから、捜してまわってるわけね。

第1152話

じゃあ、長芋がドッグなら、あの男の子は、長芋の飼い主である主婦の子――
たしかに聞き覚えがある。
昼間、コンビニで泣き喚いていた、あの子の声だ。